溶接作業者と石綿曝露作業者における胸部CT所見に関する調査研究

主任研究者  大西 一男 (兵庫産業保健推進センター相談員)

1.はじめに

 兵庫産業保健推進センター管轄の事業所には造船や機械製造業などが多く、アーク溶接作業あるいはガウジング作業従事者が多いが、これらの現場は石綿使用作業場と近接する場合も多く、石綿曝露の点からも注意が必要である。事実、溶接作業従事者でありながら、胸膜プラークなどの変化を示す症例が散見される事業所も認められる。また、溶接工肺は一般に陰影が軽微であるため、大部分の労働者が管理区分2であり、従来はCTで微細な肺病変を捕らえる機会がきわめて少なく、まとまった所見の報告は僅かしかない。
平成15年より、じん肺検診に胸部CT撮影が導入され、より微細な変化が観察されるようになり、溶接作業者の中にCT上程度は軽いが線状・網状影のある症例が認められた。そこで、溶接肺のCT所見を多数例について検討し、1)どのような所見がどの程度存在するのか? 2)石綿曝露の可能性のある作業者と可能性のない作業者に所見の相違があるのか? などの点を中心に胸部CT所見を検討することが必要となる。 

2.対象および方法

 兵庫産保管轄の事業所や検診機関の協力を得て、管理区分2以上の溶接作業従事検診者417名(平均年齢54.9±4.6歳)を石綿曝露の可能性のある作業従事者群313名と曝露の可能性のない作業従事者群104名に分類し比較検討した。健診時に撮影された通常の胸部単純CT写真(HRCTを除く)を読影し、以下の所見の有無を検討した。所見は気腫化、胸膜下曲線状影、胸膜下粒状影、胸膜下網状影、蜂窩肺、石灰化胸膜プラークおよび胸膜プラークである。なお、頻度の有意差の検定にはカイ2乗検定を用いた。

3.結果

1) 事業所の作業内容から判断した石綿曝露の可能性で、曝露ありと判断された313症例中プラークは126例(40.3%)に認められ、残りの187例(59.7%)には認められなかった。曝露なしと判断された104例中11例(10.6%)にもプラークが認められたが、93例(89.4%)には認められなかった(表1)。このことは職歴によって石綿曝露の有無を分類することの困難性を示している。


表1 職歴による石綿曝露の可能性とプラークの有無

石綿曝露の可能性 プラークの有無
  有   313   (%)    有  126 (40.3)
  無  187 (59.7)
  無   104   (%)    有   11 (10.6)
  無   93 (89.4)


2) 作業内容より石綿曝露群と非曝露群に分けて、肺野病変である、気腫化、胸膜下線状影、胸膜下粒状影、蜂巣肺の頻度を検討する(表2)と、いずれの所見も両群間で有意な差を認めなかった。

表2 石綿曝露の可能性と肺野CT所見

石綿曝露可能性 気腫化 胸膜下曲線状影 胸膜下粒状影 胸膜下網状影 蜂窩肺
 有 313 (%)  38  (12.1)  46  (14.7)  43  (13.7)  25  (8.0)  8  (2.6)
 無 104 (%)   9  (8.7)  18  (17.3)  13  (12.5)   6  (5.8)  6  (5.8)

 

3) プラークの有無によって二群に分類し、同様にCT所見の頻度を検討すると(表3)、胸膜下粒状影のみプラーク有り群で僅かに多く認められたが、気腫化、胸膜下曲線状陰影、胸膜下粒状影、蜂窩肺の頻度は二群間で相違は認められなかった。また、二群間で各々の画像の特徴にも相違は認められなかった。

表3 プラークの有無と肺野病変の関連

胸膜病変(プラーク) 気腫化 胸膜下曲線状影 胸膜下粒状影 胸膜下網状影 蜂窩肺
 有 127 (%)  12  (9.4)  21  (16.5)  24  (18.9)  12  (9.4)   5  (3.9)
  無 258 (%)  31  (12.0)  38  (14.7)  26  (10.0)  17  (6.6)   8  (3.1)
合計 385 (%)  43  (11.2)  59  (15.3)  50  (13.0)  29  (7.5)  13  (3.4)

4.考察

 今回の検討では溶接作業者の作業歴のみから石綿曝露の有無を正確に分類することは困難であることが明らかとなったが、曝露歴有り群と無し群でプラークの出現頻度が明らかに異なることは石綿曝露のない溶接工も多数存在することを示している。
従来の初期石綿肺CT所見の報告は石綿曝露が明らかな症例を対象としており、また、溶接工肺のCT所見の報告は対象に石綿曝露者がどの程度含まれているのかが明らかではなく、プラークを有する症例も含まれているため、我々はアスベストの影響を出来る限り除去すべく、職歴とともに胸膜プラークの有無によって対象を二群に分類し、肺野所見の頻度を検討した。
溶接工肺のHRCT所見についての報告で共通するのは境界不明瞭な小葉中心性の分岐状影や粒状影を主体として、気腫化や小葉間隔壁肥厚、気管支壁肥厚、スリガラス影などが認められるという所見であり、これらの所見の出現頻度は我々の結果よりかなり高い。特に小葉中心性の分岐状影は今回の検討では少数例にしかみとめられなかったが、この理由は過去の報告はHRCTで行われており、我々が行った通常のCTとのスライス厚の違いによる解像度の差が原因と考えられる。
一方、初期の石綿肺に見られるCT所見について、胸膜下小葉内間質肥厚像や小葉間隔壁肥厚像は小葉間隔壁に一致した線状影、結節状、網状影として表現され、胸膜下曲線状陰影は胸膜に平行に走行する曲線で呼吸細気管支壁の線維性肥厚および胞隔の肥厚と肺胞腔の虚脱が連結したものに対応し、胸膜から肺内側に向かって血管の走行とは異なった方向へ走る線状像は肺実質内帯状像として、また、すりガラス様陰影は肺胞腔内に含気を有する胞隔の線維化に対応し、蜂窩肺所見は直径数ミリから1cm程度の輪状像の集合として認められると報告されている。今回の我々の検討ではこれらのCT所見に注目し肺野所見を解析した。

その結果、CT上の所見は全体で、気腫化11.2%、胸膜下曲線状影15.3%、胸膜下粒状影13.0%、網状影7.5%、蜂窩肺3.4%が認められた。これらの所見のうち胸膜下粒状影はわずかにプラーク有り群に多く認められたが、気腫化、胸膜下曲線状陰影、網状影、蜂窩肺はプラークを認めない群においても、プラークを有し石綿曝露が明らかな群と同様の頻度に認められた。
もし、肺野病変が石綿肺の初期の変化だと仮定すると、プラークができない程度の低濃度曝露でも石綿肺の初期変化が発生することになり、逆に、石綿曝露の根拠であるプラークを有するものでも約80?85%は肺野に所見を認めない事実とも矛盾することとなる。従って、我々は、石綿肺の初期病変とされる胸膜下曲線状影、胸膜下粒状影、胸膜下網状影などの陰影は石綿肺にのみ特徴的なのではなく、石綿曝露のない溶接工肺でも認められる所見ではないかと考えた。
溶接工肺でも石綿肺の初期病変と同じようなCT所見をきたす機序は明らかでないが、生検例の観察で、肺胞隔壁での鉄粉じんの沈着と軽度の線維化や呼吸細気管支の平滑筋の肥大が認められることから、呼吸細気管支周囲の線維化が共通の病変ではないかと考えている。

5.結語

石綿肺の初期病変とされる胸膜下曲線状影、胸膜下粒状影、胸膜下網状影などの陰影は石綿肺にのみ特徴的なのではなく、溶接工肺でも認められる所見である。

※ 兵庫産業保健推進センターでは、上記の「平成17年度産業保健調査研究報告書 溶接作業者と石綿曝露作業者における胸部CT所見に関する調査研究(抄録)」を無料で配布しております。ご希望の方は当センターまでご連絡下さい。