産業医共同選任事業の事業主と産業医のギャップに関する調査研究
主任研究者 兵庫産業保健推進センター所長 橋本 章男
共同研究者 兵庫産業保健推進センター相談員 松川 善弥
兵庫産業保健推進センター相談員 和辻 瑞彦
神戸市医師会産業保健部会部長 岡田 実
1.はじめに
中小企業特に50人未満の産業医選任義務のない事業場における産業保健活動については、厚生労働省がその活性化を図る為にさまざまな事業を展開してきた。
地域産業保健センターの活動もその1つであり、地域間の格差をなくす為に既に産業保健委員会において色々の提言を行い、曲がりなりにもその活動は地道に成果をあげつつある。
地域産業保健センターの対象とする事業場は中小企業でも比較的大きな50人に近い従業員を抱える事業場を対象とすることが多い。
更に小さな事業場においては産業保健サービスを受ける機会が少ない事は、色々な統計により明らかである。平成9年度よりこの様な小規模場に、産業保健サービスを受ける機会を与えるために、小規模事業場産業保健活動支援助成金制度(産業医共同選任事業)が発足した。この制度は50人未満の事業場の事業者が産業医の要件を備えた医師を共同で選任し、その医師の行う産業保健活動により従業員の衛生管理・安全管理を促進することを奨励する為の助成金制度である。
その申請先は各県の産業保健推進センターである。
2.目的 対象 方法
産業医共同選任事業が発足して約7年経過するがその利用頻度成果は当初期待されたようなものではなく、事業そのものの存続をも考えざるを得ない状況である。何故この制度が普及しないのか、今後どのようにすれば成果が上がるのかを検討する為に、従来労働福祉事業団が行ってきた事業場に対するアンケート調査でなく、実際に産業医共同選任事業に出務された先生方にアンケート調査及び、座談会を行って、産業医自身のなまの声を聞いたところ、約1/3の産業医の不満の具体的意見は
1 産業医活動を厚生労働省の指導と混同し、事業主に構えが見られ、活動に制限がある。
2 産業保健活動にあたって担当者、事業主が協力的でない。
3 事業主の産業医、産業保健活動に対する理解度、認識度が低い。
4 職場巡視を産業医が行い、事業主に改善事項などを勧告するにあたって、充分に当面の方法などを検討しないと経費がかかり過ぎるとか、整理・整頓されていないと嫌がる傾向がある。
座談会は姫路市医師会館と兵庫県医師会館とで2度開催した。更に共同選任産業医を受け入れた事業主にもアンケートに協力して頂いた。
アンケートは39名の医師について出務された134事業場個々について行った。そのうち助成期間の終了していない57事業場については今回の統計より除外した。77事業所で得られた結果をもとにしていろいろな討論が行われた
3.結果と考察
事業場の事業別構成・従業員別構成等特に目立った結果は得られなかった。労働福祉事業団のアンケート結果と最も大きく違う所は、3年間の助成期間終了後の事業場の産業医選任依頼に対するものである。
すなわち労働福祉事業団の結果によれば約40%の事業場において引き続き産業医を自社にて選任すると回答しているが、我々の結果では12.9%の事業場が選任したいとの意思表示をしているに過ぎない。逆に出務医師の92.2%が要請を受ければ産業医契約するとしている。この事業に参加した動機は産業保健推進センターの関与したものは12.9%であり、事業主が自ら関与したものは62%であった。
しかしこの中には労働基準監督署から示唆されたケースもあり、事業主が本当に望んだものかどうかは詳しく検討する必要があると考えられる。
毎月1回もしくは年3~4回の職場巡視出務回数の医師の割合が全体の83.1%も占めている。健康相談・健康診断後の事後措置はほぼ100%なされていた。事業主・従業員も55~68%に何らかの成果があったと回答している。産業医共同選任事業に関する事業主と産業医のギャップに同事業を3年間実施後に産業医の依頼が少ないことである。この問題点を解決するためには、内容を再検討しなければならない。本事業の助成、即ち、アンケートの意見・座談会にて指摘された~助成期間が3年間では短すぎて充分な産業保健活動が出来ない。~助成金額が少なすぎる。~グループの世話をする事業所に何らかの恩恵がない。~手続きが煩雑であるなどが大きなウエイトを占めることが明らかになった。これは医師会側では解決できない問題なので、至急に善処されるように要望する以外はない。次にどのような事業場同士をグループ化するかが大きな問題点である。即ち~大企業の下請け・関連企業のグループ化は比較的容易であろうが、~全く関連のない、もしくはかけ離れた場所に存在する事業場のグループ化は、世話役の事業所を決定することも含めて極めて困難である。そこで~地域産業保健センターにおいてコーディネーターの働きをする専従者が必要である。~支援事業のPRについてであるが、産業保健推進センターは機会あるごとに十分な活動を行っているとの事であるが、今回の茨城・群馬・石川・岡山4産業保健推進センターの報告によれば、産業医共同選任事業の認知度は良く解っていると回答したのは11~19%に過ぎない。どんなに好意的にみてもPR不足と言わざるを得ない。
従来のPRの方法及び対象を考え直す必要があると考える。どこに向けてPRするのか、地域医師会にむけてのPRも確かに重要ではあるが、地域医師会は産業医を派遣する立場にはあるが、積極的にこの事業をPRする立場にはない。むしろこの事業を積極的に支援することが、医師自らの利益を誘導するようで、心苦しいとの現場の意見もある。事業場も従業員も間接的に恩恵を得ることになるのであるが、今ひとつその点が理解されていない。従来行ってきた労働行政・各種協同組合・協会の主催する行事におけるPRだけでは、そこに参加していないむしろ参加できない事業所(殆どの零細小事業所)には周知徹底出来ない事となる。もっと広く足を運んで地道な活動で対象を掘り起こす努力が必要と考える。
次に問題となるのは~産業医の資質である。労働福祉事業団のアンケートにある如く、前回の産業医に対する期待度が期待はずれとする事業所が17.3%であったものが、今回の平成15年度のものでは期待はずれとする事業所が22.7%と増加している事実である。77事業所のうち10事業所より産業医依頼の要請があった。これらの事業所に出務された産業医は毎月1回乃至は年5回の職場巡視をされており、衛生管理面においてもほぼ100%対応がなされていた。当然の事であるが事業主・従業員の健康管理に対する関心度に成果が認められている。
53事業所の産業医も毎月1回乃至は年3~4回の職場巡視もしくは出務をされていたが、産業医共同選任事業終了後には、産業医の継続しての依頼はなかった。~産業医とかかりつけ医、或は主治医の区別が十分に事業主・従業員に理解されていなかった事が考えられる。また事業主・従業員の安全管理及び衛生管理に対する認識が不足もしくは欠如しているとも考えざるを得ない。先ずその基本的な部分について焦らずゆっくりと理解させる事からはじめなければならないので、どのレベルにある事業所なのかを見分ける豊かな経験を持ち合わせた産業医の派遣を考えなければならない。その上で衛生管理面のみならず安全管理面の重要性をも理解させる為に、職場巡視などに於ける直接従業員と対話することにより、産業医と従業員との信頼関係が高められ、意志の疎通を図れる、情熱に溢れたボランティア精神に富んだ資質の高い産業医を派遣することによって、事業所の期待に応えられるものと考えられる。次に~地域産業保健センターとの連携である。個人相談窓口制度との連携を図り、産業保健活動に理解のある個人経営者の掘り起こしを進める事である。しかしいくら産業医の資質を向上させ、産業保健活動を積極的に行ったとしても、現在中小企業のおかれている経済的状況を考えると、この事業の活性化は極めて難しいと考えざるを得ない。
4.まとめ
- 労働福祉事業団並びに厚生労働省に強力に働きかけて、産業医共同選任事業の継続的実施推進と申請手続きの簡略化、産業医への助成金の増額、グループ代表企業への何らかの特典の考慮を求める。
- 事業所のグループ化を図り、特に事業主並びに労働衛生担当者の協力体制を推進する為に、地域産業保健センターにコーディネーターの働きをする専従員の雇用と、従業員に労働安全並び衛生の意識づけを進めること。
- 産業医共同選任事業のPRの方法・対象の再考及び広報活動の充実も忘れてはならない。
- 産業医の資質の向上・地域産業保健センターとの連携の緊密化。
- 産業医、主治医、かかりつけ医などが、患者を中心に緊密な連絡をとり意志の統一をしていないと患者が不安にある。復職については飽くまでも本人の症状と作業環境を知っている産業医が判断すべきものである。
以上の5項目について労働福祉事業団・厚生労働省・兵庫産業保健推進センター・兵庫県医師会・並びに地域医師会がそれぞれの役割をお互いに垣根をこえて協力し合う事が、この事業の推進活性化に繋がるものと考えられる。
※ 兵庫産業保健推進センターでは、上記の「平成15年度産業保健調査研究報告書 産業医共同選任事業の事業主と産業医のギャップに関する調査研究(抄録)」を無料で配布しております。ご希望の方は当センターまでご連絡下さい。