メンタルヘルス対策のための事業場外資源のあり方に関する調査研究

研究代表者      兵庫産業保健推進センター所長  瀬尾  攝
主任研究者 兵庫産業保健推進センター産業保健相談員 柏木 雄次郎
共同研究者 兵庫産業保健推進センター産業保健相談員  藤井 久和
大阪樟蔭女子大学カウンセリングセンター教授  夏目  誠

1.はじめに

  職場のメンタルヘルス対策において、「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」(2000年8月9日労働省発表)で示されているように、労働者自身による「セルフケア」、管理監督者による「ラインによるケア」、産業医・労働衛生管理者などによる「事業場内産業保健スタッフによるケア」と共に、事業場外の専門家による「事業場外資源によるケア」も重要であるが、現在のところ必ずしも「事業場外資源との連携」や「事業場外資源が産業メンタルヘルスに果たす機能」は明確にされていない。
よって、これらの実態を明らかにすることは、職場のメンタルヘルス対策の推進において極めて有用であると考えて、各事業場外資源(専門医療機関、都道府県精神保健センター、カウンセリング機関、外部EAP機関、産業保健推進センター)における職場のメンタルヘルス対策への取り組みの実態を調査した。
本研究により明らかになった調査結果は、事業場内メンタルヘルス活動と事業場外資源の一層の連携強化に資することが出来るものと考えられる。

2.目的

 本研究では、特に事業場内・外のメンタルヘルス活動の連携について、事業場外資源がもつ問題点を明らかにして、メンタルヘルス活動全体が有機的に連携強化し一層活性化する事を目的としている。
この目的の為に、群馬産業保健推進センター、沖縄産業保健推進センター、兵庫産業保健推進センターの3センターの共同調査研究として、各事業場外資源(専門医療機関、都道府県精神保健センター、カウンセリング機関、外部EAP機関、産業保健推進センター)における職場のメンタルヘルス対策への取り組み状況や各事業場外資源が職場メンタルヘルスに取り組む動機付けの問題などについて調査した。特に、事業場外資源側の実情(報酬や関与するに至る経緯・動機など、従来はともすると卑近な事として敢えて触れられることの少なかった問題も含めて)を明らかにすることで、事業場外資源の利用促進を図ることを心掛けた。

3.対象と方法

  対象者は各事業場外資源(専門医療機関、都道府県精神保健センター、カウンセリング機関、外部EAP機関、産業保健推進センターなど)に従事するメンタルヘルス専門職とした。群馬県・兵庫県・沖縄県の各産業保健推進センターから各々の地域の対象者に調査票を配布して合計116名から回答を得た。
その約80%に当たる92名が兵庫産業保健推進センターで得られた回答であり、また、精神科医師が81名(60.9%)を占めていた。

4.結果

  調査結果は以下の通りであった。

  1. 関わる事業者数は1社であることが最も多かった(39.2%)。
  2. 事業所の業種は製造業(20%)公的機関(19%)と1位・2位を占めた。
  3. 事業所規模は5000人以上(22.5%)、100~299人(16.7%)、1000~2999人(15%)と特に偏りをみせなかった。
  4. 関与の経緯は事業所関係者から直接の依頼(37.5%)が最も多かった。
  5. 関与の期間は2~5年が最多(38.8%)を占めた。
  6. 関与の頻度は月に1~2回が最多(35.2%)であった。
  7. 関与人数は月に2~9人が54.6%とあまり多くはなかった。
  8. 精神科以外の産業医が対応困難な疾患は「うつ病」が最も多く(23.9%)、次いで「統合失調症」(19.7%)「職場不適応症」(17.0%)であった。
  9. 診療報酬に関しては、無回答が最も多かった(36.2%)。回答のあった中では、半日当たり1~2.9万円が最多(26.2%)であり、3~4.9万円がそれに次いだ(20%)。
  10. メンタルヘルス関連の事業場向け講演の謝金に関しても、無回答が多かった(35.5%)。2時間当たり1~2.9万円(19.9%)、3~4.9万円5.(16.3%)などがそれに次いだ。
  11. まったく無給で事業場の相談に応じている場合、1~2社から中元・歳暮などが贈られる場合(10.9%)があるが、ほとんどの担当者(54.3%)がそのような贈答など無しに相談に応じている。
  12. 事業場外にあって、職場メンタルヘルスに「特に有用または有用」なのは、人事労務管理スタッフ(67件)、産業医(61件)、保健師(50件)、看護師(49件)、などの順であった。
  13. 事業場外資源と契約をしている事業場(企業)数は31.4%と比較的少なかったが、
  14. この契約している事業場外資源の有用性は75%と高かった。
  15. 新規の事業所への関与に意欲を見せる担当者は56.6%と過半数を占めた。
  16. また、「職場メンタルヘルスに対する講演」意欲を見せる担当者は(73件)希望しない担当者(41件)の約1.8倍であった。

5.考察・まとめ

  産業活動の盛んな大阪・神戸という関西都市部の中高年の男性精神科医師が多数を占める回答者であったことを前提に以下のような結論を得た。

  1. 本調査で事業場外資源として活用できる人的余裕がまだ豊富にあるが、まだ現在のところ充分に事業場外資源として活用されていない事がわかった。
  2. 事業に関与することになった経緯で一番多かったのは事業場関係者からの直接依頼によるものであった。つまり、事業場において何らかのメンタルヘルス上の問題が生じた場合、事業場関係者は直接に事業場外専門家にメンタルヘルス対策を依頼すれば、事業場外の専門家は比較的容易に相談に応じると考えられた。
  3. 事業場外専門家として精神科医を必要とした疾患は、「うつ病」「統合失調症」「職場不適応症」であった。これらの疾患に復職の問題が絡むと、さらに、事例としての対応困難度が高くなった。
  4. 事業場外専門家が受ける報酬は、医師の通常の兼業に比して決して高額とはいえず、むしろ若干安価であった。また、多数の医師が全くの無償で事業場の相談に乗っている事もわかった。
  5. 事業場外メンタルヘルス担当者からみて、事業場内でメンタルヘルスの役立つ職種として特筆すべきは、人事労務管理スタッフに高い評価がなされていることである。人事労務スタッフが積極的にメンタルヘルス対策に取り組むことが、従業員の健康保持や福利厚生を目的とする他、事業場内の活性化・生産性の向上、さらにメンタルヘルス不全に起因する自殺など事業場のリスクマネジメントのためにも意義を有する事が理解されていると考えられた。
  6. 電話相談・メール相談・面接相談などを実施している外部相談機関あるいはEAPなどと定期契約(年間契約など)をしている事業場はまだ多くはないが、その有用度はかなり高いといえた。
  7. 事業場外のメンタルヘルス専門家(主として精神科医師)の多くが相談・診療活動や研修講演に積極的な意欲を示している事がわかった。
  8. 今後、事業場のメンタルヘルスに関心を持つ精神科医師の実情を多様な経営者団体や産業医会を介して広報することで、事業場外資源(特に精神科医師)と事業場・産業医との連携をより深めることができるものと考えられた。