地域産業保健センター共同で行う「アーク溶接工肺」の早期発見のための診断に関する調査研究

主任研究者  兵庫産業保健推進センター所長 瀬尾  攝
共同研究者 兵庫産業保健推進センター相談員 世良 和明
兵庫産業保健推進センター相談員 島田 泰明
データ解析 神戸大学大学院環境医学分野教授 西尾 久英
神戸大学大学院環境医学分野技官 林  千代

1.はじめに

「アーク溶接工肺」は通常10?30年を経て胸部レントゲン写真上、PR1に対する陰影がみられるとされ、陰影が消失することもある唯一の疾患とされる。しかし近年では「じん肺」の新規発生数が最も多いとして注目されている。
最近57歳の男性で、40年間溶接工として就労し、健康診断では、特に胸部レ線上異常陰影を認めず「じん肺」とされなかった労働者が、約1ヶ月間「ガウジング」と云う「アーク溶接法」によるトンネル内作業に従事した後、呼吸困難感が持続していたが放置した。その年の健康診断により「肺線維症」の疑とされ紹介された症例があり、入院精査により、胸部CTや経気管支肺バイオプシーによって「肺線維症」の位置に肺胞マクロファージに呑喰された鉄粉が認められ「鉄肺症」とされたが「血清鉄」「血清フェリチン」を測定した折、特に血清フェリチン値が2,940ng/mlと云う極めて高値を示した。「血清フェリチン」は腫瘍マーカーとしても有名であり、予想される疾患を精査したが見当たらず、「アーク溶接工肺」の高フェリチン値を示すものと考えられた所より、文献調査の上、「アーク溶接工」の「血清フェリチン値」上昇が、この疾患の早期診断に用いられるか否かの検討を行った。

2. 研究計画

私共は、大企業及び中小企業における「アーク溶接工」が「フェリチン値」の上昇がみられるか否か検討した。
一般健康診断に於いて「血清鉄」及び「血清フェリチン」を測定することとした。この2項目を一般健康診断に追加して採血量が増えないことを確かめ、労働者のプライバシー保護のため、協力を得られた者のみから採血した。
胸部レントゲン所見は「じん肺健康診断」におけるじん肺診査医の判断に従った。
某大企業において「アーク溶接工」320名と一般従業員96名よりデータを得た。中小企業では「アーク溶接工」のみとし、21名を得た。合計437名である。

3. 結果

1) 血清鉄値は意外に高値を取る者が少なく、異常を認めなかった。

2) 「血清フェリチン値」

1) 一般従業員、若年者群、大企業症例
若年者群を20?44歳とし、平均値±標準偏差119±56から、2.5SDは260となり、この値以上を高フェリチン値とした。
若年者一般従業員はすべて正常値の範囲にあり異常値は無かった。

2) 「アーク溶接工」、若年者群、大企業
若年者群20歳?44歳では「血清フェリチン値」720ng/mlを筆頭に260ng/ml以上を示す者106例中7例、6.6%にみられた。なお胸部レントゲン写真はPR1/0 1名以外0/1 0/0であった。

3) 一般従業員、高齢者群、大企業
一般従業員、高齢者群は28名であった。「血清フェリチン値」の260ng/ml以上の値を示す者6名である。21.4%に異常高値を認めた。

4) 「アーク溶接工」高齢者群、大企業
「アーク溶接工」214名のうち「血清フェリチン値」260ng/ml以上の者は25名であった。11.7%に「血清フェリチン値」の高値を認めた。
胸部レ線所見でPR1/0者は8名、0/1は173名、0/0は31名であったが、「血清フェリチン値」に関係は示さなかった。

5) 中小企業「アーク溶接工」
中小企業従業員21名のうち260ng/mlを超える「血清フェリチン値」を示した者は、私共が最初に発見した症例を再度検査した3,090ng/mlを筆頭に11名が高値を示した。52%であった。
中小企業の胸部レントゲン所見は2/2が1例、1/0が2例に留る。大企業に比較して高齢者も高かったが、就労1年半の労働もあり高フェリチン399ng/mlを示した。

4. 考察

「アーク溶接工肺」は、その主たる原因は鉄粉吸入にあると推定されるが、その他、無機粉塵も吸入している可能も考えられる。
「アーク溶接工肺」において「血清フェリチン値」が上昇するとする報告は、産業医大、吉井 他諸家の報告をみる。
「血清フェリチン値」2,940ng/mlの高値をとった報告は1例報告を見出したが、多くは500ng/ml?1,000ng/ml位にある。
今回「アーク溶接工」の早期発見のため「血清フェリチン値」測定が適切や否や検討したが、早期発見に有用かもしれないと思われた。今後の研究を待ちたい。
なお就労1年6ヶ月の32歳男子に於いて399ng/mlの高値を得た労働者をみたが注目する必要がある。

5. 結論

 1) 大企業に於いて、一般従業員と「アーク溶接工」に比較すると、その若年者群20歳?44歳の一般従業員では、「血清フェリチン値」が平均値±標準偏差119±5.6から2.5SDをとると(≒260)となり、260ng/ml以上を高値異常と考え、「アーク溶接工」若年者群では106名中7名、6.6%に異常高値を認めたが一般従業員では0名であった。

2) 大企業、高齢者群(45歳以上)では一般従業員22例中6例が「血清フェリチン値」の高値をとる者があった。21.4%である。
「アーク溶接工」では214名中「血清フェリチン値」の高値を取る者は25名で11.7%であった。

3) 中小企業「アーク溶接工」では、21例中11名に「血清フェリチン値」の高値をとる者があり、52%を示した。
中小企業では高齢者が多く、この関係でもあると推定したが、32歳男子の1例で、就労1年6ヶ月で399ng/mlの値を取る者があった。

4) 今後「血清フェリチン値」をもって「アーク溶接工」の早期診断方法を研究する必要はあると考えられる。

※ 兵庫産業保健推進センターでは、上記の「平成14年度産業保健調査研究報告書 地域産業保健センター共同で行う「アーク溶接工肺」早期発見のための診断に関する調査研究(抄録)」を無料で配布しております。ご希望の方は当センターまでご連絡下さい。