労働者の精神障害(広義)における自殺事例の検討

主任研究者           所     長 瀬尾  攝
共同研究者           産業保健相談員 藤井 久和
産業保健相談員 内藤 信夫
産業保健相談員 野島 紀子
研究協力医師   谷口 智子

【1.研究の目的、背景、必要性】

近年「過労自殺」が社会的な問題となり、労働災害として遺族からの提訴する事例が増加している。そのため的確な自殺要因の検討、予知・予防法について、事業所内診療所を有する大規模事業所において、その診療所を受診した自殺・自殺未遂者から考察しようとしたものである。
自殺は「過労」という単一な要因でなされるものではなく、両親との情緒結合のあり方・対人関係・性格傾向や、本人が直面する社会経済的(業務・職責面を含む)・身体的・精神的問題(心の病の病状・病歴を含む)、これらの問題の解決が困難なために起因した抑うつ感や焦燥感の程度、さらに、社会・宗教・文化的背景のあり方、本人の生活背景にDeath Trend(身内や友人に自殺者や死者が多い、悲劇的な死者がいるなど)の存在の有無、家族や親しい関係にある者と情緒結合のあり方などの総和が自殺に結びつくと考える。
しかし、働くものが自殺した場合、その遺族を含め本人との関わりがあった者では、本人が自殺したことに多少の罪悪感を持ち、本人が内在されている弱点(例えば、業務遂行面・身体面・家庭内問題<配偶者が本人に冷たい、別居・離婚するなど>)や生育歴面の問題(例えば、思春期まで親が離婚する、幼児期に親が強く折檻するなど)を、故意に隠蔽する傾向があり,本人と関係がない者では、本人の表面的な経歴から自殺要因を常識的・短絡的に、事業所要因とくに「業務の過労による自殺」と評価する傾向にある。
したがって、自殺や自殺企画要因の研究は、「遡及的な考察では真実の把握が困難」であり「生前の精神医学的所見が最も大切である」という観点から、自殺前のカルテ・心理検査所見を参考にして、事例研究的に調査し考察したものである。

【2.研究の方法】

ある大規模事業所(以下B事業所)で、昭和46年から平成10年までの28年間に、その事業所内診療所精神科部門(以下B診療所)に受診した611名のうち、受診後に自殺した23名と自殺未遂をした39名について、幅広い視点から自殺(企図を含む)要因の考察と、その予知・予防法について事例研究的に考察したものである。
この期間に当該事業所で、遺族から死因が自殺と報告された者が74名で、ここで取り上げる自殺者23名はその31%に過ぎないが、「心の病」でB診療所に受診した事例から、「心の病」が関与した労働者の本当の自殺要因、さらには、この事業所で自殺した多数の者の要因も、ある程度推定し得ると考えている。
また、別の大規模事業所(以下A事業所)における労働者について、その事業所内診療所精神科部門(以下A診療所)に受診後、平成3年以降に自殺した6名の事例を提示し補足した。
さらに、B診療所に受診する前後に自殺未遂をした39名、在勤中には自殺企図をしていないが、退職後数年以内に自殺した者2名、採用前に自殺企図していた者4名についても、事例として取り上げて考察した。
なお、このB事業所で昇進ないし業務が困難な場で、消耗うつ状態に陥り、自殺する可能性が高かったが、診療所が対応して回復した代表的な3も提示した。

【3.結果及び考察】

表1は、受診後に自殺した者(AおよびB事業所)、自殺未遂をした事業者(B事業所のみ)の診断別の内訳で、分裂病者が過半数(58.6%)を占めていた。しかし、自殺者は、病名とは関係なく、「就業が持続的に困難である」上に、「親が思春期までに自分を見捨てて離婚するなど、生育歴に問題があって人間不信感が内在して、対応する困難な問題でも上司に相談しない」とか、親の老衰・死亡、妻子と別居・離婚するなど、「本人が死んでも嘆き悲しむ者がいない」状態と関連していた。
そのため、専属産業医や管理者の自殺防止能力の限界を超える者が少なくなかった。

表1

自殺・未遂の別診断名 自殺 自殺未遂
  精神分裂病圏

広義のうつ病圏

アルコール症

不適応(まじめ)

不適応(脱落)

不適応(性格)

心因反応

不倫・失恋

その他

17

13

29 39

表2は、上記の者の自殺時の年齢別内訳を示した。働く者の自殺は、40歳代、30歳代に多く、自殺未遂は20歳代、30歳代に多く見られたことを示している。

表2

年  齢   (歳) 自殺 自殺未遂
  ~ 29

30 ~ 39

40 ~ 49

50 ~

10

15

15

29 29

表3は、B事業所での自殺・自殺未遂者の企図時の年代(7年間毎の)別の内訳である。この事業所での自殺は近年増加していないが、未遂者は近年業務が厳しくなったことと関連してか、かなり増加している。その多くは若年者の事業所不適応症の脱落・性格群であった。

表3

年   代 自殺 自殺未遂
昭和46年~昭和52年

昭和53年~昭和59年

昭和60年~平成 3年

平成 4年~平成10年

10

16

23 39

 

【4.その他の結果と考察】

1)いわゆる「過労自殺」は見られなかった。その可能性があったが未然に防ぎ得た代表的な3事例を示した。真面目で責任感が強く、しかも業務責任が大きい者で、残業・休日出勤が多いようだと、管理者による「残業の時間管理」と、時に「眠れているか」という問いかけが必要だと考えられた。
特に、不眠を訴える者では早期に専門医に受診させる配慮が望まれた。このタイプでは、自殺の防止が可能だからである。
2)B事業所での公式の自殺率(労働者数10万人当たり)は14.05で、平成10年度の国家公務員の自殺率15.3よりも少なかった。ただし、B診療所を受診後に自殺した者の遺族が、死因を自殺として届けていない者が2名あった。
3)自殺の防止のためにも、事業所内診療所精神科部門の存在意義は大きいと思えた。
4)この報告が、自殺者の労働災害がより一層的確に認定される一助となり、労働者の自殺を減少させ得たらと願うものである。

※ 兵庫産業保健推進センターでは、上記の「平成12年度産業保健調査研究報告書 労働者の精神障害(広義)における自殺事例の検討」に関する抄録を無料で配布しております。ご希望の方は当センターまでご連絡下さい。